上昇気流はどうして出来るのでしょうか?
 太陽の光を受けるとポカポカ暖かいですね。地球も空気もこの太陽光線によって温められます。
ただし、空気は太陽に温められた地面によって温められます。この地上付近の温かい空気が何らかの原因で、例えば風が吹いて山の斜面をジャンプ台にして上空に吹き上げられたとします。
もしこの吹き上げられた空気がまわりの空気より温かければ、風が無くなっても勝手に上昇していきます。
空気の重さ(厳密に言うと密度)は温度によって決まります。
温度の高い空気は密度が低くて軽いため上に昇っていくのです。熱気球と同じ原理です。これを熱上昇風、あるいはサーマルと呼んでいますが、ハング・パラグライダーはこのサーマルに乗って上昇するのです。
サーマルが出来るとハング・パラグライダーはずっと飛んでいられるので、とても楽しい乗り物になります。
逆にサーマルが無いと長い時間飛んでいられません。すぐに降りてきます。
という訳でサーマルが出来るか、出来ないかはハング・パラグライダー乗りにはとても重要な問題なのです。

赤は温かい空気、青は冷たい空気を表しています。決して夕焼けの図ではありません

サーマルが出来るときのポイントは、吹き上げられた空気とまわりの空気、どっちが温度が高いか?ということになります。
これを知るにはどうしたら良いのでしょう?
それには断熱図というのを使います。
断熱図の使い方がわかると、朝、これを見ただけで上昇気流が出来て滞空できるかどうかがわかります。

吹き上げられた空気の温度
 吹き上げられた空気は上空に行くほど温度が下がります。これは周りの冷たい空気に冷やされる訳ではありません。気圧が下がって膨張するためです。これはボイル・シャルルの法則です。
温度が下がる割合はほぼ一定なのですが、条件によって2 通りの下がり方があります。それは吹き上げられた空気が飽和するまでと、飽和してからの2 通りです。

空気には水分が含まれています。水分は水蒸気という水が気体になった状態で空気に混ざっています。
空気中に含まれることの出来る水蒸気の量には限界があります。
この限度いっぱいの水蒸気を含んだ空気の状態を飽和といいます。
限界は空気の温度によって決まります。温度が高いとたくさんの水蒸気を含むことが出来ますが、低いと少ししか含めません。
水蒸気を含んだ空気の温度を下げていくと限界も下がっていきます。そしていつかは現在含んでいる水蒸気の量で飽和になります。
この飽和になったときの温度をその空気の露点温度といいます。
さらに温度を下げると限度を超えた水蒸気は水滴(露)になります。

水蒸気の限界と飽和

吹き上げられた空気も同じで、ある割合で温度が下がっていきます。すると水蒸気を含む限界も下がっていつかは飽和に達します。
さらに吹き上げられると今度は別の割合で温度が下がっていきます。
これは吹き上げられた空気だけでなく、上昇気流となって自分で勝手に上っていくときも同じです。

吹き上げられた空気は(上昇する空気は)
 飽和になるまでは1000m で約10℃ で下がります。これを乾燥断熱減率といいます。
 飽和になった後は1000m で約4〜7℃ で下がります。これを湿潤断熱減率といいます。

飽和後で温度の下がる割合(減率)が変わるのは、限界を超えた水蒸気が水滴に変わるとき熱(潜熱)を放出し、この熱で空気が温められ温度の減少度が緩やかになるためです。
気象の世界では水分を含んでいても飽和していなければ乾燥といいます。
飽和して初めて湿潤と言います。
感覚が違うので注意してください。

吹き上げられた空気が飽和し、さらに上昇した場合、限度を超えた水蒸気は水滴になりますが、これが雲です。
飽和以降は雲の中での出来事です。

まわりの空気の温度
まわりの空気の温度は測ってみないとわかりません。
1000m 高くなると気温は6.5℃下がるというのがありますが、これは標準大気であればの話であります。
実際の大気は上空に寒気が流入したり、逆に暖気が流入したりで鉛直方向の温度分布は一様ではありません。そこで気象機関は測定器を積んだ風船(レーウィンゾンデ)をあげて実際に計測します。計測結果は無線で地上に送ってきます。
なお、標準大気とは実際の大気の平均状態を表した、基準になる大気のことです。

断熱図とは
吹き上げられた空気の温度と周りの空気の温度を、比較できるように工夫されたグラフが断熱図です。
断熱図にはいくつか種類があるのですがここでは気象庁で良く使われているエマグラムについて説明します。
断熱図(エマグラム)とは縦軸に気圧(高度と同じ意味)、横軸に温度をとったグラフです。これにゾンデで計測した高さ方向の温度の値が記入され、それらを結ぶ線が書かれています。
これは大気の状態を表しているので状態曲線といいます。
また、吹き上げられた空気の温度を予測するために乾燥断熱線、湿潤断熱線、等混合比線が書かれています。傾きの緩やかな実線が乾燥断熱線、傾きの緩やかな破線が湿潤断熱線、傾きの急な破線が等混合比線です。

エマグラム


それではこれらの線を使って吹き上げられた空気の温度を予測する方法を説明しましょう。

@ 地上の気圧のところに横線を引きます。

地上の気圧はMETAR を見ればわかります。

本日は1013hPaだったので1000hPaの線の少し下に横線を引きます。

A 地上の気温をプロットします。

これもMETAR にありますが状態曲線の始まるところでもあるので簡単です。

地上の気温には当日の予想最高気温をプロットすることもあるようです。
これは一日に中でも一番条件の良いときの予測をするためです。

B 地上の露点温度をプロットします。

これもMETAR を見ればわかります。

12℃だったので12℃のところに印をつけます。

C 地上の露点温度の印を通り、一番近くの等混合比線に平行な点線を引きます。

これは上昇した空気が飽和する高度を予測するためです。
等混合比線というのはその線上であれば空気と水蒸気の割合(混合比)が同じということです。
露点というのは飽和する温度のことですから、露点を通ったこの線上であれば飽和した空気と同じ混合比であるということになります。

D 地上の温度の印を通り、一番近くの乾燥断熱線に平行な線を引きます。

飽和していない地上の空気はまず乾燥断熱減率で温度が下がるためです。
地上の空気が吹き上げられたとき、この線に沿って温度が下がります。

E Cで引いた点線とDで引いた線の交点に印をつけます。

この高度まで吹き上げられた空気はここで飽和に達します。
ここより上に昇ると限界を超えた水蒸気が水滴になって雲が出来ます。この高度から雲が始まります。すなわち、雲低高度です。

F Eでつけた印を通り、一番近い湿潤断熱線に平行な線を引きます。

飽和した空気は湿潤断熱減率で温度が下がるので、飽和以降はこの線に沿って温度が下がります。

@〜Fの作業で一本の線(赤い線)が出来ました。地上から吹き上げられた空気はこの線に沿って温度が下がるのです。
サーマルが出来るときのポイントは吹き上げられた空気とまわりの空気どちらが温度が高いか?でした。
吹き上げられた空気のほうが温度が高ければ密度が低くて軽いため、風が無くなっても熱気球のように勝手に上昇します。
逆に温度が低いとまわりの空気より重いため、風が無くなるとすぐに下降してしまい、上昇気流にはなりません。

それでは吹き上げられた空気とまわりの空気の比較を行いましょう。

下図は@〜Fの作業を行ったエマグラムです。850hp(高度約1500m)での両者を比較してみましょう。
850hpに横線を引きます。その線と吹き上げられた空気の温度の線、状態曲線の交点の温度を読みます。吹き上げられた空気は約8℃、まわりの空気は13℃です。あれれ?! 吹き上げられた空気のほうが温度が低い! これでは上昇気流は出来ません。なんとこのエマグラムは条件の良くない日のものでした。


予測作業後のエマグラム


もうお分りですね。グラフの右にある方が温度が高いのです。ということは状態曲線が右にあるときはまわりの空気の方が温かいので上昇気流は出来ません。逆に左にあるときは、吹き上げられた空気の方が温かいので上昇気流が出来るのです。どちらに状態曲線があるかを見れば、上昇気流の可能性は一目瞭然で(下図)。これが今回の結論です。


Thermal Index
 さて、吹き上げられた空気の温度の線の左に状態曲線があり、上昇気流が生まれことが予想される時、同じ高度での吹き上げられた空気の温度とまわり空気の温度の差が大きいと、吹き上げられた空気の浮力が大きくなるため強い上昇気流が生まれます。
上昇気流の強さを予測するものとしてこの温度差が使えます。
これをThermal Index(サーマルインデックス)といいます。



大気の安定、不安定
これまで上昇気流が生まれるという表現をしてきましたが、それはパイロットを対象にしてい るからです。一般の気象では大気の安定、 不安定と表現されています。
安定、不安定の定義は、「釣り合い状態にあるものを変化させた時、元に戻ろうとする力が働く場合、静的に安定であると言う。」でした。
吹き上げられた空気が、まわりの空気より温度が高くて上昇気流が出来るということは、さらに遠い方向へ動くということです。元に戻らないので不安定です。逆に上昇気流が出来ないのは、吹き上げられた空気が重くて降下するためで、元に戻ろうとするから安定となります。

断熱図は大気の安定度を判断するためのものです。
不安定だと積雲が出来ます。それがひどい場合だと積乱雲が出来て、雷が鳴って、突風が吹いて、雹が降って・・・。ということを予測するものなのです。
これをハング・パラグライダーパイロットは上昇気流の予測に使っているのです。
これからは天気図だけでなく、断熱図も注意してみてください。そして予測してみてください。





参考文献
航空と気象ABC     加藤喜美夫著 成山堂書店
新・天気予報の手引き 安斉政雄著 日本気象協会
一般気象学      小倉義光著 東京大学出版会